マンション銀座歩行者天国

60.山田耕筰

日本の洋楽を牽引♪

 夕やけこやけの赤とんぼ、と、今まで何回も口ずさんだ読者は多いのではないでしょうか。
 その「赤とんぼ」の他に、「からたちの花」「この道」などを作曲したのが山田耕筰です。彼は、明治の洋楽黎明期から昭和にかけて日本の洋楽を牽引し続け、今日の洋楽界の大きな礎を築きました。活動は歌曲だけでなく、日本人による初の交響曲「かちどきと平和」などは、あまり知られていませんが、洋楽のあらゆる分野にわたり、その鋭い感受性と類いまれなる行動力とによって日本の洋楽と詩や演劇のジャンルとを結び、盛んな創作を続けたのです。今年は、彼の没後50年です。


日本語のイントネーションを曲に反映♪

 第一次世界大戦後、西洋文化の自由主義的文学活動の中から、北原白秋、三木露風、野口雨情といった人々は、新しい形の叙情詩を創作。その詩のイマージュを高い表現力と芸術性によって歌曲として広く世に送り出したのが山田耕筰でした。
 彼の歌曲が優れているのは、日本語のイントネーション(抑揚、音調、語調、高低変化など)が旋律に反映されていることです。「赤とんぼ」の「あか」について、東京では「あか」と「あ」も「か」も同じような高低で発音します。しかし、この歌では「あか」と「あ」が高く歌われています。耕筰は少年時代、関西に住んでいたことが影響し、関西のイントネーションなのです。そのように音楽を聴くのも、楽しみです。
(服部 伸一 エッセイスト・写真家)


集合住宅管理新聞アメニティ392号 (2015年5月号掲載)