専有部分の修繕に修繕積立金を支出した事件

 平成28年9月、横浜地裁でおかしな判決が出た。平成29年3月には東京高裁がその地裁判決を支持する判決を出した。その判決を読み、どうにも解せない判決理由であるので、小論では横浜地裁判決を取り上げて論評する。


事件の概要

 事件名称=マンション管理組合総会決議無効確認請求事件
 原告=湘南ハイム区分所有者松永功氏他1名、同代理人丸山英気弁護士他1名
 被告=湘南ハイム管理組合 理事長平田亮氏、同代理人澤田和也弁護士他4名
 建物概要=昭和42年建築RC造、旧耐震4棟(2F、4F、4F、4F)、戸数175戸。

訴訟事件概要

 被告管理組合は平成23年、共用部分の給水直結増圧方式への変更と共用給排水管・ガス管の更新及び浴室スラブの防水層改修を計画した。この計画では、修繕積立金を使用して各戸の浴槽、給湯器、洗面化粧台、トイレ便器の交換と洗濯パンの新設を併せて行うこととした。この計画を実行するために、管理組合は平成24年4月7日に臨時総会を開き、管理規約に、「専有部分である設備のうち共用部分と構造上一体となった部分及び共用部分の管理上影響を及ぼす部分の管理を共用部分の管理と一体として行う必要があるときは、管理組合がこれを行うことができる。」という規定を新設し、工事総額6億円の工事に踏み切った。工事資金は、管理組合の修繕積立金が3億4千万円、住宅金融支援機構の共用部分リフォームローンから10年返済の約束で2億6千万円(1戸平均150万円)を借入した。
 原告松永さんは、この管理組合の計画に対して、共用共有部分の修繕に修繕積立金を使用することは是認したが、各戸専有部分の浴槽、給湯器、洗面化粧台、便器の交換などは、管理組合の業務として行うことはできず、よって前記規約の新設は、専有部分の設備を修繕積立金で交換したい住戸に特別の利益になることを指摘し、規約と区分所有法に違反することは勿論、区分所有者間に不平等を生んでいると主張して本件訴訟に及んだものである。松永さんは、管理組合側から「人格欠損の人物」という罵詈雑言を投げつけられて孤立したので、訴訟手段に訴えざるを得なかったものである。
横浜地裁判決
 裁判官=大竹優子(裁判長)、田中智子、山田慎悟各判事

 1 専有部分を共用部分と一体と見做した
   判決では、「浴槽、給湯器、洗面化粧台、便器は、共用給排水設備と連結しているから共用部分と一体の設備として共用部分と共に改修すべき設備物である」と判示した。この判断は多くのマンション管理組合の認識と乖離している。
 こうした設備物が劣化した結果、漏水事故も発生するであろうし、快適な生活をすることに支障が生じていたことでもあろう。よって、修繕すべき適齢期に達していたことであろう。しかし、だからと言って、これら設備物を一片の規約条文を設定することで、共用共有物と一体の物と見做すとは、いかにも乱暴な理屈である。これらの設備から排出される汚水・雑排水は共用排水管に流れ出していくが、住宅内の浴槽、給湯器、洗面化粧台、便器が他の区分所有者の共用に供せられることはない。よって、これらは明らかに専有部分である。共用部分を修繕する時期に合わせて専有部分を修繕することは、効率のうえから得策になるが、この場合においても、契約主体は、共用共有部分についてはその管理者である管理組合であり、専有部分はその所有権、使用権を独占している当該住戸でなければならない。こうした共有、専有の概念範疇は、規約の設定で変わる訳ではない。建物・設備の構造とその使用者の範囲で決まるものであり、本件の浴槽、給湯器、洗面化粧台、便器が共用共有物と一体の物ということは到底できない。

 2 専有部分に修繕積立金を使えると判断した
 判決では、「区分所有法には修繕積立金を専有部分改修に使用してはならない旨の規定はない」と断じ、よって修繕積立金を専有部分改修に使用することは違法ではないと判示した。この判断は根本的に間違っている。
 区分所有法は、区分所有者が管理者(管理組合理事長)を選び、管理者には、区分所有法25、26条の定めにより、共用部分を維持管理する権限と義務が定められている。区分所有法のどこにも、管理者に各戸の専有部分の維持管理を行う権限と義務を与えるとの規定はない。その上で、区分所有法19条は、区分所有者は共用部分の負担に任ずることを定めているのであるから、管理者はその負担の表れである管理費、修繕積立金を集めて保管し、共用共有部分の維持管理に限って使用することを定めているのである。法に専有部分に使用することを禁止する条項はないから使っても良いとは、法律家とは思えぬ論理展開である。こうした論理で進めば、刑法には、「人を殺してはならない」とは書いてはいないので、「殺しても良い」ということにならないか。

 3 不平等を是認した
 本件管理組合には、浴槽、給湯器、洗面化粧台、便器の修繕を既に終えていて一斉修理の必要がない住戸が多数いた。管理組合が修繕積立金で直してくれることを待っていた住戸もいた。これらの設備物を輸入品など高級品に変えたい住戸も居た。そうした事情は本件マンションの175戸には175通りの要望があるものである。それを一律に、修繕積立金を使って修繕するから、各戸から不満が噴出するのである。
 こうした場合、共用部分の修繕資金に余裕があるときは、余剰金を修繕積立金の負担割合に応じて全戸に一旦返還する決議をすることである。こうした返還は規約で禁じられている(標準管理規約単棟編60条5項)が、規約改訂と同等の意味を持つと明示して、特別決議によって各戸に返還するのである。その上で、各戸の専有部分の改修工事の標準的な仕様を示し、標準的な工事を行う工事会社を紹介することである。そこで、各戸は自分の希望する特別仕様を加味して自分の好みの工事会社に発注すればよいのである。
 本件の場合、専有部分の修繕の権限がない管理組合が修繕仕様を定め、その専有部分の修繕資金を共用部分の修繕資金から支弁してしまった。その工事会社との間で、明朗でない密約があったのではないかと原告は疑っていた。

 4 公益財団法人住宅金融支援機構は受理したのか

 本件の修繕工事は、共用共有部分と専有部分の工事で6億円を要し、住宅金融支援機構から2.6億円(1戸150万円)の資金融資を受けている。この機構の融資事業名は、旧住宅金融公庫の時代から、「マンション共用部分リフォームローン」である。これを管理組合に無担保で融資している。
 ところが、本件は専有部分を大量に含む修繕工事であるので、本来は融資対象にならない事業である。管理組合は、このことを機構に正直に伝えた上で、この融資を受けることができたのか。まさか、機構が専有部分の工事は含まれないと早合点したのではないか、と危惧しているものである。

 5 耐震診断・耐震改修を忘れてはならない
 湘南ハイム管理組合は、本件工事のために修繕積立金が枯渇した。それだけではなく、今後集められる修繕積立金も大部分は住宅金融支援機構への返済に回される。
 ここで、原告の松永さんによれば、このマンションは建物の耐震診断を行っていない。したがって、耐震改修計画もない。東南海トラフが動いたとき、藤沢市に在るこのマンションは震度7程度の地震に見舞われる恐れがあるが、こうした地震対策が考慮されていない。折角積み立てた共用部分のための修繕積立金が、目の前の専有部分設備物の更新に充てられた。この建物の耐震性能を心配している。

 6 最高裁へ
 原告の松永さんと原告代理人丸山英気弁護士(千葉大学名誉教授、元マンション学会会長)は、横浜地裁判決とそれを支持した東京高裁の判決を憂慮して、最高裁へ上告することになった。憂慮する点は、室内における専用使用が明白な設備について、一片の規約条文で共用部分と一体であるから共用共有部分と見做すという判断が確定することである。これが確定したとき、管理組合の長期修繕計画には、各戸室内にある浴槽、給湯器、洗面化粧台、便器の修繕を組み込まなければならなくなり、全国10万の管理組合には混乱が生じる。さらに、規約の設定によって区分所有法の解釈が変わることになる。法務省民事局の区分所有法担当参事官も混乱することであろう。横浜地裁の大竹優子裁判長の罪は重い。


(集合住宅管理新聞「アメニティ」2017年5月号掲載)