新マンション事情

群馬県における2つの供給ブームが意味するところ

群馬県のマンション供給の大きな山は2つあり、1990〜1994年のバブル直後の供給と2007年以降の山である。前者は市街地の拡散を助長し後者は中心市街地に集中している。1990年以前では県内業者も細々と供給したが供給量が少なく、工務店などが断続的に行った。1990〜1994年は主として県外専門業者が作り出した建設ブームで、そこに県内の便乗業者も参加した。もともと需要がないところにどっと建設が集中したから売れ残りを多数抱えて倒産した業者も少なくない。
県外業者は県内業者より資本力があり、投資物件にいち早く切り替えて大都市圏内のサラリーマンを対象に売却や、自社又は自社系列の管理会社に賃貸経営させるなどの措置を取った場合が少なくない。しかし倒産も多数見られたから、生き残った県外業者でも苦しい経営を強いられたようだ。この時期に戦線に参加した県内業者は元々資本力も弱く、販路も経験も持たないから、次々倒産した。県内業者が開発したマンション11棟の内7棟で業者の倒産を経験した。下請け業者に未完成住宅を押し付ける事件も頻発し、売り出しと同時に競売物件の予告が出る場合もあった。倒産事件はその後のマンション管理に重大な影響を残したのは言うまでもない。県外業者の多くが撤退した1995年以降は、別の県外業者が選手交代を繰り返しながら、僅かながらのストック増加に寄与した。営業所を新設し持続的な供給を続けていたのは僅か1社であった。
2007年に入ると再びマンション建設ブームが到来したが、このブームに参加した県内業者はもはやゼロとなった。バブル期に地方進出に失敗した業者の再進出は極めて例外的だ。当初はマンション不毛の土地によくも懲りもせずと感じたが、つぶさに調べると懲りた経験がない業者が大半だ。2つの山の間で業界地図が相当塗り替えられていたようだ。

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ところで、商品化住宅はそれぞれの業者がマーケットリサーチをすると、しばしば同じ結論に達する。先行部隊が成功すると、それに追随する多数の業者が現れ、たちまち供給過剰で幕が閉まる。大きな需要があるところに業者が進出したわけでなく、大半は大都市圏での供給が行き詰まって、その穴埋めに地方進出が計画された。穴場狙いでもある。先行業者が購入予備軍を根こそぎ狩り出した後、後続のデベロッパーは需要の掘り起こしに苦労する。いつ進出し、いつ見切りを付けて撤退するかが手馴れた業者の技となる。住宅建設に占めるマンションの割合が増すに連れて、その動向が一層都市を激変させるが、良くも悪くも行政のコントロールがない。
都市の拡大・衰退・混乱は全て市場任せだ。大都市周辺部のまばらな市街地は群馬と大変似ている。但し大都市の成長拡大時には溢れた人口流入地区として機能したが故に、一方人口減少社会では強い中心部の吸引力に人口流出地域に転換する恐れが強い。一瞬の勝負で蓄積したマンションが一瞬にして不良資産化する恐れは今後一層強まりこそすれ弱まることはないようだ。居住の安定こそ福祉だが。(つづく)

(2008年5月号掲載)
(高崎健康福祉大学教授 松本 恭治)