マンションの肖像

6.〜これまでの30年、これからの30年〜その6

 

 明治学院大学法学部兼任講師・本紙客員編集委員:竹田智志

 

現行型管理の原型

 筆者自らが、本稿のくくりの中で“これまでの30年”としながらも、多少前史が多すぎただろうか。ただ読者の皆様にご理解いただきたいのは、現行の区分所有法は、大改正を経た83年法の枠組みの中にあることを認識して戴きたいとの思いからである。

 UR都市機構(当時の日本住宅公団)における管理規約の変遷から明らかなように、規約の進展によって、全体のマンション管理のスキームが変わり、83年法の成立によって、それが確立した。先回、政策決定と丸投げと書いたのは、ご存知のように、現在のようにマンション管理センターや管理推進室等、国の機関が存在しないにも関わらず、一応の醸成を経た管理システムの構築により、いわゆるマンションという住宅の流行を支えた。その背景には、全くの素人集団(区分所有者)に『統治』が委ねられ、大袈裟な見方を敢えて行うと日本型管理のトライアングル(図表)が概ね構成され、そこに管理運営が全て委ねられたのだと思われる。
日本型管理のトライアングル


 「マンション(住宅団地)は社会の縮図だ」という言葉は、ご存知の方も多いことだろう。駆け出しの記者時代から振り返ってみると、その通りだとも実感する。と同時に、「新しいマンション法」(83年法)の成立、施行によって、管理組合=区分所有者の団体は、最もミニマムな『国家』或いは『自治体』を形成したのではあるまいか。

 日本民法は成立以来、120有余年の歴史を刻み漸く今、改正が進みつつある。民法の特別法である区分所有法は、20年前後が法としての可否の目安とされるが、62年法、83年法、2002年法と改正を重ね、順風満帆かに見えるが現場の想定外の展開への対処は後出に回る。

 さて、62年以降83年にかけて、一応の醸成を経た管理システムは、管理者のみに変化をもたらしたかというと、実はそれだけではない。62年法は、区分所有の目的を一棟の建物に置いたにも拘らず、83年法は、『団地』なるものの存在を2章において規定する。しかも、55年から65年までと比較し、66年から75年までの10年間、団地型マンションの供給戸数は爆発的普及を示した。

 ここで注意を要するのは62年法は、管理の目的物を『一棟の建物』に置いている点で、住宅団地であろうが、本来は、棟別管理を前提とし全体管理を基本としている訳ではない。が、現実はどうか。全体管理がごく一般的である。この点、法意と現実が若干ながら異なっているか乖離しているから、良くないと主張するものでは決してない。ただ留意すべき点を含むことをしっかりと踏まえるべきである。

 最近では、超高層の住棟を含む、どう見ても団地型の建物群が、一棟の建物として、或いは数棟で構成する街区が一棟の建物として登記されているケースが意外と多い。ちょっと前までは地上部分のエキスパンション・ジョイントで、今や地下部分での接続等で、果たしてこれらが本当に1棟の建物か。各住棟毎の住戸タイプはバリエーションが豊富でしかも、専有床面積はワンルームから100u超まで。先の管理システムの構築を受けて、費用負担の観点を重視し過ぎ、危険負担(被災等)の合理性を軽視するのは、如何なものだろうか(つづく)。

集合住宅管理新聞「アメニティ」433号(2018年10月)掲載