マンションの肖像

7.〜これまでの30年、これからの30年〜その7

 

 明治学院大学法学部兼任講師・本紙客員編集委員:竹田智志

 

住宅団地の統一管理とは

 棟別・全体、単棟型・団地型管理が標準管理規約の変遷や、区分所有法の改正等を経て当時、若干混乱していたのは事実だろう。新しい区分所有法(昭58)の施行によって単棟型と団地型のマンション管理が明確に分別されたこともまた明白だが、どうして混乱が生じてきたのだろうか。

 手元にある資料からすると首都圏の住宅団地では、『統一管理』(ほぼ全体管理)と呼ばれる管理手法が正確には、昭和40年代の中ごろから、始動してきたものと見られる。そして、このアプローチは供給者側からあったものだとされる。団地型マンションがこれまでと比較し爆発的な伸びを示した時期と重なっている。
住宅団地の統一管理とは


 思うに、当時の住宅団地型分譲マンションは、工法別だとRCよりもPCの居室が若干広い。専有床面積は妻側と内側を比較すると殆ど数u違い、2LDKあるいは3DKタイプ(3LDK)とあるものの、住棟毎にタイプが異なっている程度でバリエーションはほぼ画一、建物は4階建てか5階建てである。また、その頃注目されつつあった計画修繕(大規模修繕工事を含む)も一括して一団地でできるとなれば、統一管理は大変合理的であるし費用負担も抑えられそうだ。

 逆に、棟別管理であれば、工期も、仕様も、費用負担もばらばらになりがちで、一貫性に欠けてしまう危険がある。組合役員としての負担も実に大きい。首都圏の住宅団地の多くは、この辺で見切りをつけ、昭和60年代早々には一挙に統一管理に舵を切ったのだと思われる。
少し時間がダブってしまうのだが、統一管理へのシフトを底流としながら、83年法(昭58)が施行されると、そこには第2章があり「団地」(第65条以下)を規定した。62年法における「団地への準用」(第36条)からすると、これは画期的な変化で、団地建物所有者の団体の設立、建物の区分所有に関する規定の準用等が定められていた。

 62年法は、1棟の建物を区分所有建物と規定し、住宅団地であれ、基本的には棟別の管理組合を前提とし運営に当たることが射程であったが、83年法は、団地管理組合と棟別管理組合の併存が既定路線で、建物の区分所有に関する規定の準用を除けば、ほぼ棟別の管理組合が決議することになっている。この点、法は実にスマートだ。

 ところで83年法の施行前に統一管理に移行した管理組合の中には、団地型とはいえ単棟型管理と同じように考える、または受け止める向きもあったのではなかろうか。管理費等の滞納問題が深刻化する今、義務違反者に対する措置(6条)にあたって、その行為の停止(57条)、使用の禁止(58条)、競売の請求(59条)といった決議は、全体ではなく棟単位で行わなければならないことにつき、改めて複雑さを噛みしめることもあるだろう。

 住宅団地の管理にとって、83年法の持つ意味合いは判るのであるが、それ以前に管理規約あるいは供給者側の指導を受け入れて統一あるいは全体管理に移行してしまえば、法による規制の受け止め方に、どうしても誤差が生じてきてしまうことになるのは致し方ない。が、手続きに法った法廷の場は、83年法のスキームに則らざるを得ない。(つづく)。

集合住宅管理新聞「アメニティ」434号(2018年11月)掲載