Aさんは前理事長の私に業者選定の経緯を書面で回答せよと言っている。回答の義務は?(2010年1月号掲載)

私は昨年までマンションの理事長をしていましたが、今は普通の組合員です。今回、組合員のAさんから、私が理事長をしていたときに実施した修繕工事に関連して、業者選定の経緯について書面で回答せよ、という手紙が届きました。Aさんはこの修繕工事について反対の意見を表明していた方です。私はAさんに対して回答すべき義務があるのでしょうか。

本件と類似する事件が実際に裁判所(東京地裁平成4年5月22日)で争われたことがあります。

この裁判では組合員が前理事長に対して「文書の閲覧、写しの交付」と「書面による報告」を求めました(この事件ではマンションの隣で計画されていたビルの再開発に伴い支払われた補償金についてその支払先や金額の説明を文書で求めていました)。

裁判所は「管理者である理事長は、管理組合の総会において報告をすれば足り、個々の区分所有者の請求に対して直接報告する義務を負うものではない」と判断して、組合員の要求を認めませんでした。

その理由として

①管理者である理事長は区分所有法25条及び管理規約の規定により、総会で選任された理事数名の中から互選によって選出されたにすぎず、個々の区分所有者から直接管理者となることを委任されたものではないこと

②区分所有法43条は、管理者は集会において、毎年1回一定の時期に、その事務に関する報告をしなければならないと規定して、34条で管理者に集会を招集する権限を付与するとともに、少なくとも毎年1回集会を招集する義務を定めていることから区分所有法は管理者の事務についての報告は、集会においてされることを予定していること等を指摘しています。

民法654条では「受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告して、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない」と規定して、区分所有法28条は「この法律及び規約に定めるもののほか、管理者の権利義務は、委任に関する規定に従う」と規定していますが、管理者(理事長)は個々の組合員の受任者ではなく、管理組合との関係で受任者たる地位に立つと考えるということです。

このような結論は、理論的にも妥当なものですし、もし、理事長が個々の組合員からの要求に応じて、業務の報告をしなければらならないとすれば、理事長の負担は大きなものになりますので、現実のマンション管理の実態にも合致しており、正当なものです。

したがって、本件においてもAさんからの書面に対して回答する「法律上の義務」はないことになります。

もっとも、回答する義務はないとしても、どんな場合でも一切回答を拒否するという扱いが本当に適切であるかは、検討の余地があるでしょう。

個人的な対立感情や嫌悪感から所謂嫌がらせ的に質問している場合は、拒否して構いませんし、むしろそうすべきでしょうが、質問者が真摯な立場で、質問しているのであれば、誠意をもって回答することで質問者の誤解が解けて、円満な運営に資することも考えられるからです。

回答者:法律相談会 専門相談員
弁護士・石川貴康
(2010年1月号掲載)