フランスのマンション 日本のマンション(2024年7月号掲載)
その4 荒廃
一 マンションの「荒廃」
フランスでマンションの荒廃が社会問題になるのは20世紀末で、区分所有法に「荒廃difficulte」という術語が挿入されたのは1994年である。 フランスの区分所有法はマンションの荒廃を二段階に分けている。
第一段階は「荒廃前pre‐difficulte」。管理組合が区分所有者から徴収する管理費、工事費、修繕積立金の総額のうち未収額が25%を超えるか、または管理組合総会が決算を2年続けて承認しない場合である(29―1A条)。
第二段階は「荒廃」。管理組合の財務が著しく赤字になるか、管理組合が不動産の保全を行えなくなる場合とされる(29条-1)。
フランスのマンション荒廃の判断基準は管理組合の荒廃の度合である。
二 マンションの荒廃対策
今日、マンションの荒廃対策は荒れた物件の処理に止まらず、予防から取壊しに至る体系を成している。
対策の基礎は、管理組合の登録である。不動産登記とは別に、管理組合の名称・所在地・結成年月日、区分所有の区画数・用途、管理者、財務状況、診断結果等を登録する。
対策の出発点は荒廃の予防で、二つの局面から対策が取られる。
第一の局面は管理組合の荒廃予防で、①対管理者、②対現在および将来の区分所有者の二つの方向から定められる。
管理組合対管理者の関係改善の要点は、透明性向上である。例えば、管理者選定への競争原理導入、管理者の業務のうち管理費で行う作業と管理契約と別の契約を結んで行う作業の区別の明確化、管理組合からの預り金の組合別口座での管理の義務化などである。
管理組合対現在および将来の区分所有者の関係の要点は、透明性の向上と不良区分所有者の排除である。マンションの売買に際し、譲受希望者に対して管理組合の状況を開示することは取引の安定に欠かせない。荒廃マンションを廉価で購入して貧困ビジネスを営む不良区分所有者の排除も重要な課題である。
荒廃予防の第二の局面は、建物・設備の劣化予防である。ここでは技術診断、診断結果に基づく中期修繕計画策定、計画で定める工事の資金を蓄える修繕積立金創設という流れを構築した。工事実施に係る管理組合総会議決の多数決要件を引き下げて工事実施を促している。
荒廃を予防しきれずに劣化が進むと、是正・除去策が発動される。この段階も二つの局面がある。
第一の局面は、管理組合の是正である。「一」で述べた「荒廃前」に陥ると、地方裁判所長が管理者等の求めに応じて特別受任者を任命する。特別受任者の任務は報告書の作成、その内容は、管理組合財務と建物の分析、管理組合の収支財務均衡回復のための提案、訴訟当事者と行われる得る調停または交渉の結果、建物の安全確保のための提案である。
「荒廃」状況に進むと、地方裁判所長は特別受任者等の求めに応じて臨時支配人を任命する。臨時支配人は、管理者、管理組合総会、管理組合理事会の権限の多くを委ねられて報告書を作成する。その内容は、債務弁済プランや建物区画・敷地の一部売却を含む債務整理、管理組合分割や管理費分割のための工事を含む区分所有分割、取壊し事業の実施の提案である。
劣化の是正・除去の第二の局面は建物・設備の是正・劣化除去である。建物・設備が保つべき水準は、マンションに限らず、住宅全般に適用される衛生基準(公衆衛生法典)と建物全般に適用される安全基準(建設・住居法典)である。劣化した建物には、一方では市町村長または県における国務代理官による調査、調査の結果が衛生・安全基準を満たしていない場合は、管理組合・区分所有者に対して修繕命令、使用禁止、収用などの措置が取られる。他方では管理組合・区分所有者に対する工事補助金もある。
三 フランスのマンション荒廃対策の特徴
フランスにおけるマンションの荒廃対策の特徴は次の三点にまとめられる。
第一は、不動産管理と建築・住宅行政の長い歴史を通した経験の蓄積の上にある。
第二は、マンションに限らず建物全般の荒廃に係る法は建築物全体に適用され、住宅全般の荒廃に係る法は住宅全体に適用される。マンション関連法は、マンションに固有の課題、例えば複雑な意思決定の簡素化、多様な当事者の関係の明確化などに係る規定に特化している。
第三は、日本の自治会・町内会のような占有者の組織がないため日常的な管理の改善の受皿が欠けている。
新潟大学 人文社会科学系フェロー 寺尾 仁
(集合住宅管理新聞「アメニティ」2024年7月号掲載)