25.リビルディング・ムーヴメント⑤
さて先回の最後に、「法定建替え」なる耳慣れない言葉が登場してきた。そもそも法の背景はお話しした通りだが、法定建替えがマンション建替えの、いわゆる軌道になるきっかけは、2000年9月28日の「新千里桜ヶ丘事件」の判決にある。最判は棄却判決なので、要は大阪高裁判決がその核心だ。そこでは、老朽により建物としての効用が損なわれていることを判断するに当たって、必ずしも物理的耐用年数を基準としなければならない理由はない。
また、建物の効用として損なわれたかどうかは、建物の躯体部分だけでなく設備等を含めた全体としてみるべきで、劣化の程度が構造躯体に影響を及ぼさない程度のものであっても、建物としての効用が損なわれているとみるべき場合があり得る。費用の過分性における「その他の事情」とは、建物の機能の社会的陳腐化を含む社会情勢、生活情勢の変遷の対応の程度等も考慮して判断する。このような判断を示した。
過分性要件を幅広く捉え、老朽化を広く認めようとするいわゆる軌道、道程がここに完成した。すると老朽化を前提に建替えに取組むマンションにとって、旧法62条の最大の難関を取り払うような判断がなされたことに加え、十中八九、手続きに問題の無いマンションは、建替え決議が承認(頭数、議決権の5分の4以上)されれば、建替え実現に向け、大きく道が開けたことに繋がる。もちろん、実現には「全員一致」を必要とする訳だから、決議が整ったからといって完結するものでは無いが、83年(昭58)区分所有法の規定する建替えが遂に、現実化するのである。改正時には、はっきりしなかった道のりが、ここにきて、くっきりとかっきりと目前に姿を見せたのだ。
ところで当時、600世帯を超える住宅団地の任意建替えを支える人物がいた。作家・山岡淳一郎氏の「あなたのマンションが廃虚になる日/草思社発行」の中で、湖桜さんという仮名で登場するのだが、実は彼との出会いこそが、この問題に筆者自身が夢中になった要因の一つだと考えられる。
山岡さんの彼へのインタビューが記載されている。作家の視点にほぼ狂いはない。その湖桜さんがある日、筆者にこんなことを呟いた。「竹田君、建替えは、運動なんだよ。9割が推進、次の決議で95%が承認、それが96、97、98%…と継続した時に、建替え推進でない者が、推進派に貴方達の考えは判った。建替えには合意し難いが、たとえ反対でも貴方達の熱意に私達の気持ちを委ねよう。この住宅団地の将来を貴方達に委ねよう。こう云って貰う、そういう運動なんだよ。裁判で烏鷺を決するのはどうも向かないような気がする」と。多数派が多数派を極めていく。これこそが究極だと、そう語りかけてくれたのではなかったか。事あるごとに私の耳元で、この声が聞こえてくるようだ(つづく)。
明治学院大学法学部兼任講師・本紙客員編集委員
竹田 智志
2020年5月号掲載