22.リビルディング・ムーヴメント②

 若者たちの人気のスポットといえば、今も昔も渋谷。再開発の進む渋谷駅からNHK放送センターに向かい、公園通りに入る。すると道は谷間からお山っぽい丘陵にさしかかる。この頂上付近から左手に見えて来るのが、渋谷ホームズ(75年入居)という建物だ。

 実はこのマンションこそが、わが国初のマンション建替え事例第一号。いわゆる「任意建替え」(区分所有法によらない区分所有者全員一致による建替え)手法によるリビルディングというわけなのだが、この当時、区分所有法に建替えは規定されていない。民法上の共有法理に基づいて100%のコンセンサスを得て実現できた究極の選択だったと見るのは筆者だけでは無いだろう。昭和51年のある報道記録には、この動きに対して同潤会アパートメントに住む居住者たちが相当数関心を寄せていたとするものがあった。

 筆者が記者として、まだまだ駆け出しだった頃、80年代の後半というのは、昭和30年代入居のUR賃貸住宅団地における建替え政策が始動、本格化してきた頃で、この動きが分譲住宅団地にも波及しないか気になり始める。既に分譲マンションの建替えは、83年法に規定されていた。朧げながらだが経験値の豊富な区分所有者が自ら建替えを選択するのであれば、歴史の浅い我が国の集合住宅文化が花開く可能性が高い。こんな風に考えていた。

林立するビルディング群の一角を担うRebuilding Mansions First

 ある日、先輩の記者に尋ねた。「分譲マンションだって建替えできるよね」。すると思わぬ返答が返ってきた。以前、本人が書いたという記事を片手に説明を行ってくれたのだが、その大まかな内容は、「昔、渋谷に宇田川住宅団地というのがあって、もう何年も前に建替えた。住宅の広さが倍ぐらいになって、エレべータ付きの高層ビルディングになった。その団地が設備も建物も新しくなって、工事期間中は外部で生活する手当まで賄われた。だから全部タダで建替えしたんだ。こんなうまい話があるか。取材だったけれども、聞いていて段々腹が立ってきたな」と。そして「まるで嘘のような本当の話だ」と総括してくれた。

 なんと筆者の思い描いていた印象とはまるでかけ離れた現実。全員一致という途方も無い、きつくて困難な坂道を登りきると、何処かから途方も無いご褒美が現実のものとなって舞い降りて来る。

 さて、あの坂の上のご褒美とは。雲の上、空の中にあるのだろうか。専有床面積約45㎡が65㎡になり、中層住宅(5階建)が高層ビルディング(14階建)に代わり、設備も機能も真新しくなって生まれ変わる。しかも、無償という事。これが、分譲住宅団地の建替え? これが分譲マンションの建替えのルーツ。筆者としては、ただ唖然とし反芻するばかり…。とはいえ、これまでの建替え実例は、このフォーマット上に展開され、ここでは、任意建替え+等価交換方式だが、たとえ法定建替えであれ、基本ベースは同じ。無償とコンセンサスは表裏一体。不可分なのである。

 折しも、80年代には、モータリゼーションの普及、修繕費用の拡大等で区分所有者の団体は大きく揺れ動いていた頃だ。まさか建替えが既に実現されていて、しかも夢のような現実離れした手法によって展開され、さらに初期供給のマンションにまで静かに波紋が広がっていたとは思いもよらない事だった。宇田川住宅団地シンドロームが通念として、ゆっくり、じっくり浸透し始める(つづく)。

明治学院大学法学部兼任講師・本紙客員編集委員
竹田 智志
2020年2月号掲載