37.リビルディング・ロード⑩

 さて、さてマンション建替え実例の話に戻そう。先にも述べたとおり、建替え実現に向けた取り組みが大きな畝りを見せ始めたのは、90年代である。特に東京23区内、都下、神奈川、千葉といったところで、いわゆる建替えに向けた活動の輪が広がった。

 東京、神奈川といったところでは、バブル経済は崩壊したとはいうものの、人気、地価に支えられているから、建替え機運が隆盛なのは頷ける。とはいえ、千葉でもそういえるのだろうか。「都は、西に向かって発展するのであり、東に向かって発展することは少ない」という言葉があるのだそうだが、筆者が実証できるわけではない。が千葉が俄然、注目され始めたのは、いかなる理由があったのだろう。

 その大きな要因として考えられるのは、京葉貨物線が90年に一般旅客線として全線開通し「京葉線」へと衣替えしたことだったのではなかろうか。東京ディズニーランド、海浜ニュータウン、工業地帯が都心と直結した。交通アクセスの一大変化が住宅団地の建替え構想にも直結していると見られるのである。

 ところで、この様な機運とは別に、建替え構想が静かにされど黙々と浸透する住宅団地が現れた。住宅公団(現・UR都市機構)が60年代に供給した東京・世田谷の桜上水住宅団地である。最寄駅から徒歩5分、閑静な住宅群の中に佇み、大学に隣接し、文字通り桜並木が生い茂る自然そして緑溢れる住環境を誇る同住宅が建替えへ向け静かに進行し始めた。

旧桜上水住宅団地(「桜上水団地建替事業の記録」16年から)

 当時の筆者としては、指定容積率の若干の見直し、高さ制限の緩和が認められれば、等価交換方式の建替えが直ぐにも可能なのではないか、建替え実現に向け取組みを展開する首都圏の住宅団地にあってはダークホース的存在で、合意形成が整えば「GOサイン」だとばかりに内心思っていた気がする。

 というのは、区分所有者の共有持分、いわゆる土地の持分比が異様に高いこと。すると等価交換率でマイナスに陥ることはないだろうし、そもそも23区内、立地の条件は申し分ない。バブル崩壊とはいえ、建替えられれば人気も上々だと思われた。

 また筆者なりに、もう一つ当該住宅団地の建替え構想における実現化の決め手と考えられたのは、70年代後半から90年代にかけ、当時勤務していた新聞社の住宅団地の中古物件広告(2社から4社)に掲載されたことがたった一回のみであったからである。

 ということは、入居以来、居住者(区分所有者)の変化が極端に少ない。もちろん住まい方の変化はあろうが、所有を継続されているケースが多い。もし建替えに向けた構想が現実化してきはじめたのならば、合意に向けた意思の集約にあっては、コンセンサスを得やすいのではなかろうかと思われたからである。

 同住宅の建替えは、構想から約30年を費やし2015年夏に遂に実現を迎える。従前の建物概要は、中層(4階建・5階建)全17404戸、敷地面積約48000㎡。建替え後のマンション概要は、高層14階建を含む8棟878戸となった。新しい名称は、「桜上水ガーデンズ」。(つづく)

明治学院大学兼任講師・本紙客員編集委員 竹田 智志

集合住宅管理新聞「アメニティ」2021年5月号掲載