2.経年によるマンションの傷みとその対応(1)
1.建物の仕組を人間の体にたとえて考える
建物の仕組みを人の身体にたとえて考えてみましょう。人の体の骨組みにあたる部分は、建物ではコンクリ-トで覆われている鉄骨・鉄筋であり、筋肉は鉄筋と一体となったコンクリ-ト部にあたります。また、建物の給水設備は血液等の循環器系、排水設備は消化器系とも考えられます。更に、これらの設備を制御する電気設備は、神経系統ともいえます。
人間の体も年をとるにしたがいあちこちの機能が衰えてくるように、建物も使っているうちに、また、風雨に曝されることから、傷みや不具合個所が出てきます。これらの傷み・不具合箇所は、手遅れにならない適切な時期に「手当て」を行っておくことが重要で、これが「計画修繕」と言われるものであり、この計画修繕を一定の時期に集約したものが「大規模修繕工事」となります。
当然これらの工事を行う前には、傷みの程度・不具合箇所を発見し、その原因究明と対策についての検討が必要です。その結果で「手当て」(処置)の方法が決められます。これらの一連の行為が「建物診断」で、建物の状況・診断の目的に応じて、健康診断的なものから精密調査まで、建物診断のグレ-ドはいくつかに分けられています。長期修繕計画の策定の際にも、状況によって(古いマンションほど)簡単な建物診断が必要となります。
2.経年による建物(マンション)の傷みと対策
建物(マンション)の老朽化には、年を経ることによって起きてくる建物を構成する各部材と、各種の設備(給水・排水設備他)機器の傷みがあります。これらの傷みを、ここでは「物理的老朽化」と定義しています。また、建物の老朽化にはもう一つの現象があります。10年ひと昔と言われるように、人々の生活水準の向上によりマンション(建物)の居住性能が対応しきれなくなるもので、これを「相対的老朽化」と言っています。
これらの具体的内容を上げると、「物理的老朽化」は建物の各部位の傷みで、外部の自然環境に曝されている外壁・屋根部材、長年使用していることにより傷んでくる階段・廊下等の床部材、また建物を構成している各種材料の経年による劣化も併せて出てきます。設備関係の機器・配管も同様にあちこちに傷みが出てきます。すなわち建物の部材を含めこれらには耐用の期限があり、一定の時期に「手入れ」が必要となってきます。
一方、「相対的老朽化」では、子供の成長・家族構成の変化により、また家具等が増えてくることによる住宅の狭さが上げられます。更に、生活様式の変化、家電製品の普及による入居当初の設備等の陳腐化も問題となってきます。
2-1.建物・設備の物理的老朽化
(1) 建物の傷みの具体的内容
*建物の傷みでは A構造躯体 B仕上材 C防水剤等が代表的なものとして挙げられます。その概要は以下の内容となりますが、これらの傷みの状況は、長期修繕計画の修繕周期設定の際、重要な要素となります。
A.構造躯体の傷み(鉄筋・コンクリ-ト部、モルタル・タイル部等の傷み)
1.鉄筋露出現象
*コンクリ-ト中性化と、カブリ厚不足による鉄筋の錆の発生とコンクリ-トの剥離(特に上げ裏面〔天井面〕、バルコニ-見付け部等に多い)。
2.コンクリ-トのひび割れ(写真1)
*コンクリ-トの収縮(乾燥・温度変化)によるひび割れ。(屋根パラペット廻り、バルコニ-廻り、開口部廻り等)
*何らかの構造的原因によるひびの発生。
*1の鉄筋露出との複合作用によるひび割れ。
*コンクリ-ト打継ぎ部、コ-ルドジョイントが原因のひび割れ。
3.モルタル・タイル等の浮き、剥離、落下等の傷み(写真2)
*コンクリ-トに塗られたモルタルの浮き・剥離。モルタル面に発生したひび割れよりの雨水の浸透などが原因となる。部分的な浮き、更に進行すると、剥離・落下につながる。
*タイルの浮き・剥離は、下地モルタルとコンクリ-トとの界面剥離、モルタルとタイルの剥離がある。特に、深目地工法のもの、伸縮目地の少ないものでは、注意が必要。(バルコニ-・庇等の見付け部、出隅のコ-ナ-部分等。)
※コンクリ-トのひび割れ(亀裂)には様々な原因があり、ある程度避けられないものもあります。これらの現象は、建物の竣工(完成)後早い場合は2~3年頃より出はじめ、鉄筋露出等は8~10年前後で表れてきます。無論それ以前にも既に出ている場合もあり、このような場合は「経年劣化」よりも建設時の「瑕疵」とも考えられます。また、モルタル・タイル等の浮き・剥離の現象は、外見上はわかりにくいものもあり、注意を要するものです。近年、外壁仕上げにモルタル塗りを施したものは少なくなり、逆にタイル張りは増えています。これらの二つの浮き・剥離は似た現象で、傷みの進行により落下の危険を伴うため、外壁改修工事の際には十分な調査と、躯体改修工事による修繕が重要です。また、長期修繕計画策定の際には、これらの状況が周期設定の判断材料ともなります。
B.仕上材の傷み(外壁仕上材、鉄部・金物類)
1.外壁仕上材の傷み(写真3)
*風雨の影響による経年劣化(汚れ、変色、退色)。特に、建物の突出部(バルコニー・庇・屋根パラペット)廻りの劣化が早い。
*浮き・フクレ・剥がれ(下地材との付着力の不足、雨水の浸入等が原因)
※一般にマンションの外壁仕上材は、タイル張り以外では塗装による仕上げが多く用いられています。塗装仕上材には各種のものがあり、仕上材によって傷みの状況(経年による劣化)はかなり異なります。一般的に用いられている吹き付けタイル系と言われるものでは8~10年頃から傷みが目立ってきますが、10~12年程度の耐用は期待できるでしょう。しかし、仕上材の裏側への雨水の浸入、また、ひび割れ廻りでは早い時期より浮き・剥がれが出てきます。前述のコンクリ-ト打放しの構造体では、その傷み(鉄筋露出・ひび割れ等)が仕上材の傷みに直接つながるため、傷みの発生箇所は十分な手入れが必要となります。更に、塗り替えの際には旧仕上材(塗膜)の浮きにも注意が必要です。旧仕上材への重ね塗りの場合には、付着力がどの程度かの調査(引張試験)も必要となります。
2.鉄部・金物類の傷み
*塗装仕上げの鉄部・金物類では、風雨の影響による塗膜の劣化と錆の発生。
*塗替え時の旧塗膜状態(塗膜の脆弱部分)や、錆止塗料との関係での新塗膜の剥がれ(付着力の問題)。
*コンクリ-トへの埋込部廻りの錆による劣化、雨水の浸透が原因となる(バルコニ-・開放廊下等手摺り支柱、窓手摺り等の取付け部)。
*玄関扉・窓サッシュ類の建具関係の開閉不良、経年による傷み(写真4)。
*外壁・屋上廻りのエキスパンションジョイント、バルコニ-の垂直避難口等の金物の傷み。
*外壁廻りに取り付けられた樋、スリ-ブ、換気フ-ド等の経年による傷み。
※外壁廻りに取り付けられた鉄部・金物類は、定期的な塗装によるメンテナンスが行われています。これらの金物類の傷みは建物周辺の環境、建物の部位(屋外、半屋外)によって異なります。したがって、傷みの状況により塗り替えの周期を考えなければなりません。また、塗り替えの際には錆び止め塗料の選択、重ね塗りの場合には旧塗膜の浮き、脆弱部のチェックを行っておくことも大切です。
※手摺り等の金物類では、塗装の傷みの他に取付け部廻りに傷みが出てきます(写真5)。特に、バルコニ-手摺り支柱等のコンクリ-トへの埋込部(付け根部)廻りでは雨水が溜ることから、鉄製品では最も錆びが出やすい箇所です(写真6)。コンクリ-トと鉄部との間隙にシ-リング材が施されていない箇所では、埋込部に雨水が浸入し内部で錆びが進行しているものも見られます。更に、埋込部廻りはコンクリ-トのひび割れが発生しやすく、これらの現象はあちこちでよく見られます。アルミ製品でも同様の問題が出ています。
※玄関扉・窓サッシュ等の建具関係も、長年使用していることにより開閉に不具合が出てきます。特に、玄関扉の開閉不良、窓サッシュ等の戸車の劣化によるレ-ルの傷み等が多く見られます。これらについても定期的(鉄部塗装、外壁改修等の時期)に調整が必要となり、また、25年以上を経過したマンションでは取替え(更新)を行っているものもあります。
※長期修繕計画では、鉄部・金物類の手入れは、一般的に「鉄部塗装」として項目が設けられています。しかし、傷んだ箇所の修繕や部品交換が必要となる場合もあります。これらは「鉄部・金物改修」として項目と予算の計上が必要ですが、項目設定がされていない計画もあります。手摺、建具等の取り替えは多額な費用を要するため、20年を超えたマンションでは具体的な検討を必要とします。
C.防水材の傷み
※屋根防水は仕様・工法に様々なものがあり、当然その仕組みも異なります。防水層はこの仕組み(防水層の収まり)により傷みが違ってくるため、どの様な仕様・工法となっているかを、まず知っておかなければなりません。マンションの屋根防水は大きく二つに分けられ、防水層が露出しているもの(露出工法)と、防水層の上にコンクリ-トの押さえ層のあるもの(保護防水工法、近年は押さえ層の下に断熱材を設けた外断熱工法が主流)とに分けられます。また、PC(プレキャストコンクリ-ト)工法の建物の場合は、PC版のジョイント部分(継ぎ目部分)のみを線防水(目地防水)したもので、その上に断熱材とコンクリ-トの押さえ層(ブロック)を設けたものもあります。ここでは、これらの代表的なものを取り上げています。
1.屋根防水の傷み
*露出アスファルト防水の場合は、表層のル-フィング材の経年劣化による傷みが出る (フクレ、割れ、口アキ現象)。
*PC工法の建物の屋根防水では、建設当初はPC版ジョイント部の線防水のみのものもあり、この部位に経年による劣化が出る。
*パラペット立上り・天端廻りの防水層の傷み。屋根防水では比較的劣化の早い部位。但し、防水層の収まりと関係する。天端部に防水層のないものでは、天端部のコンクリ-ト、モルタルのひび割れに注意を要する。
*役物(TVアンテナ架台、排気筒、通気管等)廻りに注意を要する。
これらの周囲よりの漏水事故も多い。
*コンクリ-ト押さえ層のある防水では、コンクリ-トの収縮により押さえ層の暴れがでる。但し、これは防水層の劣化とは別の現象。
※防水層の傷みは、防水層が露出している部分に顕著に現れます。露出部の傷み(太陽光線によるもの)を防ぐために保護塗装(シルバ-コ-ト等)が施されますが、これも経年により劣化するため、4~6年の周期で塗り替える必要があります。また、表層のル-フィング(またはシート)にフクレ、割れ、口アキ等の現象が出てくることがありますが、状況により部分的な手当が必要となります。露出防水の場合でも、近年は材料の質も向上していることから、15年程度の耐用は期待できるでしょう。
※コンクリ-ト押さえ層のある防水層(保護防水)は、ル-フテラス等の床防水にも用いられます。露出工法より長持ちする長所もありますが、反面、漏水事故が起こると、漏水の原因となる箇所がわかりにくいことがあります。また、屋根面は温度変化が激しく、押さえコンクリ-トが動くことにより、ひび割れや浮き・割れが出てきます。同時に伸縮目地も傷んできます。しかし、これがすぐに漏水事故につながるわけではありません。傷みが著しくなった場合には防水層に悪影響を与えることもあるため修繕が必要となります。
※屋根防水で最も注意が必要な箇所は、ドレイン(排水口)廻りと、パラペット立上り・天端廻りです。ドレイン廻りでは土砂などによる詰まりが原因で漏水することがあり、定期的な点検と清掃が必要です。また、パラペット(防水層の端部廻り)の立上りと天端部分も傷みの出やすい箇所で注意が必要です。
※屋根防水の修繕周期設定等は、その仕組みにより異なります。また、計画はあくまで目安として」設定しているもので、傷みの状況により変わってきます。したがって、同じ仕様・工法でも実施時期が異なることもあり、実施前には調査・診断により、十分な検討が望まれます。
2.バルコニ-・開放廊下床、階段室の床防水の傷み
*床コンクリ-トのひび割れ、床の水勾配の不良が上げられる。床のひび割れは原因が様々であり、構造上の亀裂もあるため注意を要する。これらの傷みは下階への漏水につながる。
*上げ裏の漏水のシミ、鉄筋爆裂現象。これらの現象は上階よりの漏水に起因している。漏水によるシミ、仕上げ材の剥がれ、更に進行すると周辺のコンクリートが剥落し、鉄筋が露出してくる。この現象は、コンクリートのカブリ厚不足も原因となっている。
*階段床防水とノンスリップの傷み。ノンスリップの傷みは金物改修とも関連する。
※バルコニ-・開放廊下は床面に防水モルタルを施したものと、コンクリ-ト直仕上(コンクリート打設時にコテ仕上げしたもの)がありますが、近年はコンクリ-ト直仕上のものが多くなっています。
下階居室への漏水事故を防ぐため、居室側床入隅部に防水目地シ-ルを施しているものもありますが、建設当初より床全面を防水しているものは、少ないようです。
バルコニ-・開放廊下廻りの傷みは、上階よりの漏水によるものがほとんどです。床防水が施されていないことから、また、防水モルタルではひび割れに対する追従性がないことから、下階天井面にシミ・仕上材の剥がれとなって表れてきます。
また、一部では手摺支柱廻り、床ボーダー見付部廻り、更に、バルコニー床に設けられた垂直避難口等の金物廻りよりの漏水もあります。階段室も同様ですが、階段室では雨の吹き込み状況(階段室の形態により異なる)によって傷みの状況は異なってきます。
また、階段ノンスリップは、床防水とも関連します。床防水を行う際には、ノンスリップをどのように扱うかも検討事項の一つで、鉄部・金物改修とも関連します。
いずれにしても、これらの傷みは建物の耐久性に悪影響を与えることから、外壁等の大規模修繕時に防水処理する必要があり、一般的には外壁改修に併せ、修繕周期を設定しています。
3.浴室防水の傷み
*床防水の傷みによるもの、浴室出入口扉の立上り部廻り、タイル壁の目地廻りよりの漏水等。
*ユニットバスのパネル接合部の劣化による漏水。
*床排水器具廻りよりの漏水。(トラップ廻り、排水管の接続部廻り)
※浴室は、床面に防水層を施した(在来工法)ものと、ユニットバスを使用したものとがあります。在来工法では、出入口扉の足元廻りよりの漏水が多く、また、壁にタイル仕上を施したものでは、目地のひび割れより壁内部を伝って漏水する例もあります。防水層自体も経年により劣化しますが、特に防水層の立上り端部よりの漏水が原因となっています。
ユニットバスでは、パネル接合部廻りのシ-リング材の劣化による漏水が考えられます。更に、床排水器具の劣化による漏水事故も出ています。
浴室は住戸内であるため専有部分となっています。漏水事故が起きたときの修繕をどの様に処理するか(防水層を専有とするか、共用とするか)が、検討課題となっています。
以上、「建物の傷み」に関して主要な部位の劣化現象を説明しましたが、これ以外にも様々な傷みが各所に出てきます。これらについては大規模修繕に際し十分な調査を行い、その原因を明らかにすることにより、適切な処置(改修の仕様・工法の選択)が必要となります。長期修繕計画策定段階では、その時期(経過年数)により傷みが顕著でない場合もあり、また、具体の仕様等の提案を必要としない場合もあります。しかし、これらも将来の傷みを予測し、修繕計画項目として洗い出しておくことが肝要です。
(文責 一級建築士・関東学院大学工学部 田辺邦男)